Top Interview
トップインタビュー
仕事はチャレンジの連続。現場で実感した「ものづくり」の面白さ。

私は1988年に敷島紡績(現シキボウ)に入社し、最初の配属先は糸を作る紡績工場でした。初めて任せてもらった仕事は新しい機械の据え付け・調整です。当時はアナログ作業が多かったので、それを自動化する取り組みの一環でした。
化学系出身で機械の知識は乏しかったため、入社後に「機械制御ってどういう仕組みなんだろう?」といった基礎の基礎から学んで吸収しました。未知の分野に挑戦し、試行錯誤の末に成果が出たときの達成感は格別で、これが私の仕事観を形づくる原点になりましたね。
その後も、繊維の製造・加工をおこなう工場での人事・総務や海外工場での技術管理・事業運営など、様々な仕事に携わりました。現場での経験を通じて、メーカーの生産活動は「技術や開発への情熱」と「現場で働く人々の力」によって支えられていると強く実感することができました。
化学系出身で機械の知識は乏しかったため、入社後に「機械制御ってどういう仕組みなんだろう?」といった基礎の基礎から学んで吸収しました。未知の分野に挑戦し、試行錯誤の末に成果が出たときの達成感は格別で、これが私の仕事観を形づくる原点になりましたね。
その後も、繊維の製造・加工をおこなう工場での人事・総務や海外工場での技術管理・事業運営など、様々な仕事に携わりました。現場での経験を通じて、メーカーの生産活動は「技術や開発への情熱」と「現場で働く人々の力」によって支えられていると強く実感することができました。
一緒に働く仲間に感謝。関係性の質を高めることの大切さを学ぶ。
若手時代、新しい機械の調整で試行錯誤していた時のことです。調整に失敗して途方に暮れていると、オペレーターをしている方が集まって、やり直しの作業を手伝ってくれたんです。すごく嬉しかったですし、「仕事は一人ではなく、みんなで協力して進めていくものなんだ」と心から思いました。それ以来、上司や同僚、外部の協力会社の方々など、すべての人に感謝の気持ちを込めて向き合うように意識しています。
海外の工場に赴任した時にも、もちろんこの考え方を実践しました。言語や文化が違っても、こちらが感謝の気持ちを込めて関係性の質を高める努力をすれば、現地の従業員の意識や行動にも変化が出てきます。現地の仲間たちと撮った笑顔の写真を見返すと、今でも胸が熱くなりますね。
海外の工場に赴任した時にも、もちろんこの考え方を実践しました。言語や文化が違っても、こちらが感謝の気持ちを込めて関係性の質を高める努力をすれば、現地の従業員の意識や行動にも変化が出てきます。現地の仲間たちと撮った笑顔の写真を見返すと、今でも胸が熱くなりますね。

シキボウの歴史はイノベーションとともにある。

シキボウは130年以上の歴史を持つ企業ですが、創業当初から「イノベーションを起こそう」という気風が根付いていると感じます。たとえば、今では一般的な「ポリエステル65%・綿35%」という混紡比率を業界に先駆けて確立したのも当社です。
また、帆布製造の技術は紙を製造する機械に使用する大きなカンバスや水をろ過するフィルタークロスへ、繊維用の糊剤のノウハウは食品向けの増粘多糖類へと発展しています。さらに、繊維で培った「織り」の技術を応用し、航空・宇宙分野の部品製造にも取り組んでいます。
もちろん、すべての挑戦が成功してきたわけではありません。市場に受け入れられなかった製品もあれば、「少し時代を先取りしすぎたかな」と苦笑いすることもあります。それでも、一人ひとりの小さなアイデアや試行錯誤から確実にイノベーションは生まれ、未来の技術につながっていくと考えています。
また、帆布製造の技術は紙を製造する機械に使用する大きなカンバスや水をろ過するフィルタークロスへ、繊維用の糊剤のノウハウは食品向けの増粘多糖類へと発展しています。さらに、繊維で培った「織り」の技術を応用し、航空・宇宙分野の部品製造にも取り組んでいます。
もちろん、すべての挑戦が成功してきたわけではありません。市場に受け入れられなかった製品もあれば、「少し時代を先取りしすぎたかな」と苦笑いすることもあります。それでも、一人ひとりの小さなアイデアや試行錯誤から確実にイノベーションは生まれ、未来の技術につながっていくと考えています。











